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寺尾ブッタ(月見ル君想フ)インタビュー(前編)【”アジア”で繋がるインディー・ミュージック 連載002】

April 12, 2019

【”アジア”で繋がるインディー・ミュージック 連載002】

寺尾ブッタ(月見ル君想フ)インタビュー(前編)(後編)

 

 

バンコク視点から、アジアを舞台にインディー・ミュージック・シーンで活躍する人々にインタビューをする企画。第二弾は、日本とアジアの音楽シーンを繋ぐキーパーソン、寺尾ブッタさん。


2018年12月にアジアツアーを行った日本のバンドPaellas(パエリアズ) のバンコク公演に同行していた寺尾さんに、会場となったPlay Yardでお話を伺いました。

 

 

 

 

 

まずはバンコクの人気インディーバンド「Gym and Swim」の話題から

 


─── 今日はタイと台湾、中国のお話を中心にお伺いします。まず、アジアのインディー・シーンで存在感があるタイのバンドと言えば寺尾さんも台湾公演などで携わっているGym and Swim(ジムアンドスイム)ですが、台湾での反応はどうですか?
 
寺尾: 2017年の台湾公演をうちのレーベルBIG ROMANTIC RECORDSが受けました。台北ではSunset Rollercoaster(落日飛車)、高雄はEverfor(エバーフォー)という台湾のバンドと一緒に公演しました。まず、公演に先駆けて、BIG ROMANTIC RECORDSからGym and Swimのファーストアルバム『SEASICK』(2016)の カセット版を台湾限定でリリースしました。

 

 

Gym and Swim -「Octopussy」- 『SEASICK』(ALBUM/2016)収録 

 


寺尾: 台北公演はSunset Rollercoasterと一緒だった事もありますが、「The Wall」(※1)のチケットがソールドアウトしました。 反応がすごく良く、持ってきたCDも一瞬で売り切れ、カセットも結構売れましたよ。Sunset RollercoasterのファンとGym and Swimのファンがいい具合にシンクロして、まさに「今、人気の音楽」という感じで、とても盛り上がりました。

※1 2007年にオープンした台北公館にある老舗ライブハウス。キャパは550人。

 

寺尾: そこからSeen Scene SpaceのPiyasu君(※2)と交流があり、今年5月にはGym and Swimの日本・台湾・香港のツアーを計画中で、うちが各地ブッキングをしています。

 

 

※2 Siamese Cats(シャムキャッツ)、Paellasなど日本アーティストのバンコク公演も多く手がけるプロモーター「Seen Scene Space」の代表であり、Gym and Swimが所属するレーベルParinam Musicも運営する。別名、Poomさん。

 

 

 

Gym and Swim - 「Seagal Punch」at Wake Up Festival 2018

 

2度目の台湾公演で現地の野外フェスに参加。タイでのライブも大合唱になり盛り上がりますが、メンバー曰く、台湾ではタイ以上に盛り上がるそう。

 

 

 

 

 

今回の東アジアツアーのフライヤー。詳細は近日中に発表されます。

 

 

中国マーケットは狙える?

 
─── Gym and Swimを中国に連れて行く計画はありますか?
 
寺尾: すごく良いバンドだと中国側に売り込んでいますが、中国のプロモーター的にはまだ中国での知名度が足りていないようです。中国側は音楽配信アプリでのファン数などで人気を測ることが多いのですが、その数字を見せつけられて、今は難しいんじゃないかと。

 

─── 何というアプリですか?
 
寺尾: 中国はXiami(Ali Music Group)、QQミューッジック、网易云 の3つが御三家で、被りながらもそれぞれのファンベースがあります。例えばインディーに強いとか、メジャーに強いとか、SNSに強いとか。中国のお客さんが音楽に触れるのは、まずそこからで。その再生数やファン数などから、ライブでの集客もなんとなく測れるということなんですよね。中国では原則Youtubeやfacebookは観られないですし。

 
─── アジアの中でも中国語圏である台湾、シンガポール、マレーシアの華人の間では、インディー音楽の情報も中国語で伝わっていくルートがあるというお話を以前、寺尾さんに伺いましたが、やはり中国大陸に進出するには、まず台湾・香港などで支持を得るといったワンクッションが必要な感じでしょうか?

 

寺尾: それがいいと思います。まだ、(中国とは)ちょっと距離が離れているというか、「タイのバンド良いね!」とは思いもしていないというか。そもそも台湾でも、Gym and Swimのチケットがソールドアウトになったのは結構、衝撃的な事だったんですよ。
 
─── それは、主催者的に?
 
寺尾: 台湾の業界的にですね。自分はSunset Rollercoasterと組んでいるのもあるので、お客さんはパンパンに入るだろうと思っていましたが、当時は東南アジアのバンドでここまで盛り上がるとは思ってもなかったんでしょうね。お客さんも大合唱だったんですよ。

 

─── 英語で歌っている事も、受け入れられた要因でしょうか?
 
寺尾: そうだと思いますよ。タイ語で歌っていたら、大合唱は起こらなかったですよね。Gym and SwimとPhum君(※3)は、アジア中で人気があると思います。
 

※3 Phum Viphurit (プム・ヴィプリット)。タイのレーベルRat Music から 2017年にデビュー。1995年生まれ。


─── Phum君は88risngに取り上げられている事もあったり、欧米ツアーも成功させ、さらに飛び抜けた感じがありますね。(※4)

 

※4 代表シングル「Lover Boy」のYoutube再生回数は3600万以上。(2019年3月現在)

 

Phum Viphurit  -「Lover Boy」(2018)
 

寺尾: Gym and Swimもアジアツアーを通して、日本での認知度を上げられたら良いですね。Paellasのメンバーも聴いたことがあるようだし、Siamese Cats(シャムキャッツ)もGym and Swim を前から好きだって言ってたし。受け入れられるのではないかと思います。

 

  Gym and Swim -「Surfin' Baby」(2018)

昨年末に発表されたGym and Swimの新曲。新作アルバムのリリースに向けて動き出している。


 

  

  

─── もし将来、Gym and Swim が中国で受け入れられるとしたら、まずはどの街からでしょうか?

 

寺尾: 以前は、中国北部はわりとロックでハード目な音楽が好まれて、南部はポップでソフト目なものが好まれると言われていましたが、最近入り混じってると思います。でも、やはりGym and Swimが一番好まれるとしたら上海か深圳あたりだと思います。ポップな音楽の需要があるのはどちらかというと南部の発展した都市ですね。

 

 

タイのインディー音楽の日本での認知度は?


─── 日本や東京でタイのインディー音楽が認識され始めたのは、いつ頃ですか?Flipper's guitar(フリッパーズギター)(※5)のコンピ、もしくはもう少し後の Yellow Fang(イエローファング) あたりでしょうか?

 

※5 タイのレーベルSmallroomに所属するバンドたちがフリッパーズのカバーを行ったコンピレーションアルバム「Smallroom 006: Flipper's Players: Tribute To Flipper's Guitar」(2007)。日本版は翌年2008年に発売。

 

 

Cyndi Seui -「Coffee-Milk Crazy」- 「Smallroom 006: Flipper's Players: Tribute To Flipper's Guitar」(2007)収録 


寺尾: 日本の音楽好きに認知されるきっかけになったのはフリッパーズのコンピの影響も大きかったと思います。当時ディスクユニオンで大きく展開されていたのを覚えています。その後は完全にyoutubeを通じてではないでしょうか?Yellow Fangもyoutubeでシェアされてたと思います。

 

─── 2015年11月に東京の「青山月見ル君想フ」で行われたYellow Fangの公演の反応はいかがでしたか?

 

寺尾: とても良かったです。お客さんもとても感度が高い人達が集まってたと思います。恐らくツアーをオーガナイズしていた遠藤さん(※6)の呼びかけで集まった方々だと思います。そういえばライブ前に遠藤さんのトークショーもやりました。タイのフェスでのステージデザインとかアイデアとかを色々紹介してもらって、「こんなに自由な発想がアリな国なんだ」と、すごく感動しました。タイで活躍してる遠藤さんにかなり憧れましたね。その日、遠藤さんは会場の中で大量の風船だけでライブ撮影用のgoproを空中に浮かすという事にトライしていて、結局重くて風船だけでは浮かばなかったのですが、色々と衝撃的でした。

 

 

 

※6 遠藤治郎さん。建築家・アーティスト・デザイナー。2000年代前半からバンコクを拠点に活躍し、日本とタイを繋げるアート〜音楽イベントも多数開催。Big Mountain Music FestivalやWonderfruitといったタイを代表する音楽フェスのステージ設計なども手がける。2016年に東京に拠点を移し、近年では水曜日のカンパネラのステージ演出や、SXSW2019の日本館「THE NEW JAPAN ISLANDS」のクリエイティブディレクターなども務める。

 

 

 

Yellow Fang - 「I don't know」 at 青山月見ル君想フ(2015)

 

寺尾: あと、それより前の2013年にはDesktop Error(デスクトップエラー)(※7)が「青山月見ル君想フ」でやっていました。offshoreの山本さんがツアーをオーガナイズしていて、この日の公演は一緒に企画させていただきました。

 

※7 タイのポストロックバンド。

 

Desktoperror - 「Tangdaw」at 青山月見ル君想フ(2015)

Desktoperrorの初来日公演。この日のイベントには元FUTONのmomokomotionやSoi48も参加。

 

─── そもそも日本ではどんな層の人たちがタイの音楽を聴いているのでしょうか? レコ屋に通ったり、洋楽を掘ってる人が、その延長で? 台湾の透明雑誌(※8)は邦楽リスナーにも聴かれているイメージなのですが。

 

※8 「台湾版Number Girl」 と評され、 2010年頃に日本の音楽シーンで旋風を起こした台湾インディーを代表するギター・ロック・バンド。

 

寺尾: 最初はワールドミュージック好きや辺境音楽好きが「タイにもこんなのがあるんだ!」という感じで聴いていましたが、最近はちょっと新しいもの好きな人たちとか、国の属性にこだわらずフィーリングに合うものを好んで聴くようなリスナーが自然と増えてるような気がします。もちろん洋楽から流れてくる人もいるんじゃないでしょうか。台湾の透明雑誌はある種特別で、邦楽の文脈からみても彼らの音楽的背景が非常にわかりやすかったんだと思います。

 

 


─── 寺尾さんがタイの音楽を意識するようになったのは、いつ頃ですか?
 
寺尾: 私は、結構古く。RCAのミックスとかのCD-Rを仕入れて……途中で止まったりする粗悪なのがあったり……そういうのがありながら「DJ SIAM」(※9)でおすすめのCDを聞いて、買って帰っていました。ただ、その時手に入ったのは、大陸ロック風というかドメスティックな歌謡ロックばっかりだったので、感覚的に面白いと感じるものはあまりなかったです。Hip Hopの方が少し面白いかなって。あと、T-Bone は大衆的なレゲエという印象でそんなにピンとこず。全体的にインディー感があんまりないなと思ってました。

 

※9 サイアムスクエアにあったタイのインディー音楽を中心に取り扱う有名CDショップ。2017年末頃に閉店。
 

 

─── それは2000年前後の話ですね。
 
寺尾: 僕がバックパッカーをしていた時代か。あと、ポップスの神様みたいな、Bird Thongchai (バード・トンチャイ)はすごく良いなと思って、レコードも入手して、当時よく聴いていました。でもインディーじゃないですもんね。どメジャー。辺境音楽というか、ワールドミュージック的な楽しみ方で聴いていました。それから2015年にうちで主催した青葉市子さんのアジアツアーでバンコクに来て、空き時間にNoise Marketをふらついて、バンコクのマーケットでもインディーカルチャーがあるなって事を改めて認識しました。その頃、Gym and Swim的なものをネットでチェックしたりしていて。
 
─── Part Time Musician(パートタイムミュージシャン)とか?
 
寺尾: そうですね。あと、Telex Telexs(テレックステレックスズ)とか、そこらへんをyoutubeで色々聴いて、新しい音楽とか動きがあるのを感じました。

 

 

2015年にGojaで開催された青葉市子のバンコク公演では、ゲストにタイ人漫画家タム君ことWisut Ponnimit (ウィスット・ポンニミット)を迎えた。写真には遠藤治郎さんの姿も。

 

 

中国行きのきっかけは? 


─── 前後しますが、2000年前後あたりのバックパッカー時代に台湾にも行き始めたのですよね? 他にはどんな国に?
 

寺尾: 当時は中華航空でバンコクに行くのが一番安かった時代なので、台北でストップオーバーする関係で、台北にはちょくちょく来てたことになりますね。あと、インドとかも行ったりしてました。その頃は、本当にワールドミュージックというか、エキゾなものや音楽を求めていたと思います。

 

─── その後、2001年に交換留学で北京に行き、その経験が今の中国・アジアでの活躍の発端となったわけですね。当時、なぜ中国に行き着いたのですか?

 

寺尾: バックパッカーみたいな旅行スタイルにも飽きてしまって、外国の事をもっと知るには言葉も勉強して、ある一定期間同じところに定住したいと思ったんです。観光で訪れるだけの場所でのコミュニケーションは、お店で値段交渉みたいな感じで、どこも一緒だなと、つまんなくなって。それで、とりあえず大学で夏休みの交換留学の制度を利用して、それまで行ったことがなかった中国に行きました。その時は、あまり現地の音楽シーンには触れられなかったですが、中国の勢いみたいなものは感じました。北京の生活が自分の中ですごく印象深くて、その後、中国カルチャーを掘り下げることに全てを費やす生活が始まりました。中国語も真面目に勉強しだしたりして。

 

 

後編に続きます。

 

 

【”アジア”で繋がるインディー・ミュージック 連載002】
寺尾ブッタ(月見ル君想フ)インタビュー(後編)

 

 

Photo: Yoko Sakamoto

 

 

 

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