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ネパール大震災後のカトマンズ訪問記「タメルの遺産」

August 3, 2018

2015年、ネパールは大地震で建物の倒壊、雪崩、土砂災害などに見舞われた。そんなネパールの大地震から約5ヶ月経過したカトマンズに訪れることになった。

ネパール大地震から5ヶ月経過したカトマンズ訪問記

 

 

カトマンズ滞在中は、タメル地区を拠点に行動していた。この地区は古いレンガ作りの建物が多く残る旧市街で、ホテルやレストラン、みやげ物屋、両替屋などが密集しているツーリストエリアだ。ここはカトマンズの中でも被害が比較的少ないエリアだったが、唯一大きな被害を受けた場所があった。「ドゥンゲダラ(石の蛇口)」と呼ばれる共同水場だ。

この展覧会は兵庫県須磨寺を会場に、ネパールで制作されたタンカ約45点の展示を中心としたもので、ネパール大地震の被災地支援を目的としていた。開催を前に現地の状況を確認する必要を感じた僕たちは、バンコクで待ち合わせてカトマンズへと向かった。

2015年9月、僕はネパールの首都カトマンズにいた。その地を突然訪問することになったのは、布を求めてアジアを20年以巡る旅人で、タンカ(チベット密教の仏画)のコレクターでもある五十嵐牧子氏の旅に同行するためだった。10月末の開催に向けて準備していた展覧会「西方マンダラ展~ヒマラヤのほとけたち~」のための旅。

 

 

タメル地区のドゥンゲダラ 
(2015年11月/撮影:ヒマラヤン・アクティビティーズ)

ドゥンゲダラは、石造りの階段状舞台のような構造になっていて、生活用水を汲んだり、洗濯や水浴びをする場所で、カトマンズの庶民にとって重要な施設だ。タメル地区のドゥンゲダラは、その歴史の古さから「タメル遺産」とも呼ばれる存在で、地元の人々から大切にされ親しまれてきた。そこに、4月25日の地震で目の前のホテルが倒れ込むように倒壊する大事故が起こった。

僕たちが訪問した9月の時点でも、そこには多くの瓦礫が放置されたままになっていた。撤去工事が進まない原因は、資金不足だった。タメル地区は建物への被害が少なかったことが理由で、支援金分配から外れているエリアだったのだ。慢性的な水不足に悩まされるカトマンズで、ドゥンゲダラの修復ができない深刻さは想像に難くなかった。その事実を知った僕たちは、タメル地区のドゥンゲダラに支援金を送ることに決めた。

地震後のネパールでは観光客の減少や、インド側の国境封鎖で燃料不足に陥るなど、困難が続いてる。僕たちが訪問した時は、地震の被害と共に観光客の少なさが目立っていた。あるタンカのディーラは、地震以降観光客が激減してタンカが一枚も売れていないことを話してくれた。現地でお世話になったタクシードライバーは、「俺たちが被災したからといって気を使わないで観光に来てもらいたい。それがネパールの助けになる。日本の友人達にそう伝えて欲しい。」と、切実な想いを語ってくれた。

ちょうどこの原稿を書いている途中に、ドゥンゲダラの工事が3月12日より再開されたという連絡を受けた。展覧会からの募金と支援金がきっかけとなり、自治団体が行政に再交渉した結果、予算が決済されて工事が再開したというのだ。展覧会からの支援額は全体の予算からすれば僅かだったが、僕たちの小さな行動が連鎖して、予想を超えた展開になっていることを知った僕は、祈りから一歩踏み出す行動と、意識を向けられていない場所へ目を向けることの大切さを実感していた。

 

Photo: Himalayan Activities 

 

 

 

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